千葉大学公共研究センター

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『「環境と福祉」の統合』有斐閣より刊行!

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『「環境と福祉」の統合』紹介文          広井良典

 本書は、「環境」と「福祉」という、ともすれば別個独立に論じられてきた二つの分野を総合的な視野から統合し、これからの日本や世界が実現すべき社会のあり方についての全体的なビジョンを構想することを目的とするものです。
 「環境」と「福祉」という二つの領域は、これまで両者の間の一定の近縁性や親和性――たとえば、いずれも単なる市場原理のみでは解決が困難であり、市場経済を超えた何らかの側面を含むものであるといった点――が認識されるものの、自覚的な形で「環境と福祉」の両者を結びつけて論じたり、あるいは相互の「関係」に積極的に目を向けるという議論や試みは希薄でした。
 しかしながら、既存の枠組みを取り払って考えてみた場合、「環境と福祉」という二つの領域は、実は相互に深く関連し合っているのではないでしょうか。たとえば、以下のような点が挙げられます。

1)【社会の構想】 もしかりに世界が資源・エネルギー消費等の面で持続可能(サステイナブル)となり、「環境」の視点からは妥当といいうる社会が実現したとしても、そこにおいて大きな「分配」の偏りや不公正が存在していたとすれば、それは望ましい社会ということは困難です。逆に、もしも人々の「福祉」の充実ということが、これまでの福祉国家がそうであったように、“経済の限りない拡大・成長”ということを前提として初めて可能なものであるとすれば、それは現在の世界において普遍化できるモデルとはなりえません。だとすれば、「環境」の面において持続可能であり、かつまた「福祉」(この場合は、分配の公正や個人の幸福ないし生活保障といった意味)の面においても望ましいといいうる社会―「持続可能な福祉社会」―はどのようにして可能でしょうか。

2)【ケアないし臨床レベル】 福祉や医療の領域においては「ケア」ということが一つの重要なテーマですが、通常、ケアということは、基本的に「人と人との関わり」に関して言われるものです。しかしながら、「ケア」という営みの中に「自然」という要素あるいは視点を積極的に包含していくことで、ケアはより豊かな、あるいは根本的なものとなりうるのではないでしょうか。実際、本書の中で順次取り上げるように、近年では森林療法、環境療法、緑地福祉学等々というように、臨床的なレベルにおいて「環境と福祉」を統合する試みが胎動しつつあります。

3)【政策のあり方】 意外なことに、環境税をいち早く導入してきたヨーロッパの多くの国々(オランダ、デンマーク、ドイツなど)では、環境税による税収を「福祉」(ないし社会保障)に充てています。たとえばドイツは、1999年に環境税を導入するとともに、その税収を年金の財源にあて、そのぶん年金の保険料を引き下げるという興味深い政策を行いました(エコロジー税制改革と呼ばれる)。そこで基本理念となっているのは次のような考え方です。すなわち、かつては“自然資源は無限にあり、労働力が足りない”という時代だったので重要なのは「労働生産性」の上昇でしたが、現在は逆に“労働力は余り(=失業の存在)、逆に自然資源が足りない”という状況になっているため、むしろ「人はより多く使い、自然資源をより少なく使う」という企業行動が求められます。すなわち「労働生産性から環境効率性へのシフト」であり、このためのインセンティブとして「労働への課税から自然資源消費(ないし環境負荷)への課税へ」という発想のもとに上記の政策がとられたわけですが、これは「環境と福祉」が直接的に結びついた政策の典型的な例といえます。

 以上「環境」と「福祉」が密接に結びつく3つの場面を挙げましたが、これら以外にも環境と福祉がクロス・オーヴァーする領域や事例は多く存在します。そしてこうした問題意識を踏まえて、「環境と福祉」が相互に関わり合う多様な諸相や統合のあり方を、できる限り体系的かつ総合的な視座から探求していくのが本書の内容です。全体は大きく二部に分かれており、第一部(「環境と福祉」の統合への視座)では、環境と福祉の統合というテーマを考えていく際の基本的な視点や枠組み、重要となるコンセプト等について幅広く考えていき、続く第二部(「環境と福祉」の統合に向けての政策と実践)では、「環境と福祉」の統合を、「[彎押淵吋◆法Ε譽戰襦廖◆岫▲蹇璽ル(ないしコミュニティ)・レベル」、「ナショナル(政策)・レベル」、「ぅ哀蹇璽丱襦Ε譽戰襦廚箸いΓ瓦弔離譽戰襪吠けて論じていくという構成になっています。
         
 最後に本書の成り立ちの経緯について一言ふれたいと思います。本書は、「環境と福祉の統合」というテーマに関して先駆的な研究や実践活動を展開してきた研究者・実践家の共著によるものですが、その一つの軸になっているのが、私どもが進めている21世紀COEプログラム「持続可能な福祉社会に向けての公共研究」拠点の活動に他なりません。本書の一定部分は同プログラムでの各種研究会・セミナーや機関誌『公共研究』等の成果を基盤としています。そうした意味で本書は本COEの成果の一つですが、同時に、本書を第一歩として、新たな社会構想やその原理、ケア、政策等に関する探求や実践をさらに発展させていければと考えています。皆様からの忌憚ないコメントや御意見をいただければ幸いです。                              

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